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2017年1月アーカイブ

受験生のみなさん、こんにちは。

センター試験も目前に迫ってきました。

優先順位をつけて「知識」と「解法」の丁寧な見直しをして下さい。

この時期、新しいことよりも「なじみのあることの再確認」が大切です。

 

さて、前々回の関連になりますが、ボブ・ディランでもうひとつお話を。

ディランの(おそらく最も)良く知られている曲に「風に吹かれて」

(BLOWIN' IN THE WIND)がありますが、聴いたことありますか。

こんな出だしです。(丸数字は私が勝手につけました)

 

①どれだけたくさんの道を歩き回れば

人は一人前だと呼ばれるようになるのだろう?

②どれだけ多くの海を越えていけば

白い鳩は砂浜で羽根を休めることができるのだろう?

③どれだけ大砲の弾が撃たれれば

もう二度と撃たれないよう禁止されることになるのだろう?

④その答は、友よ、風に吹かれている

その答は風の中に舞っている        (訳:中川五郎)

 

日本語の訳詩ですが、読んでみていかがですか。

並列している①②③の内、①だけが異質な感じがしないでしょうか。

②③は明らかに「止むことのない戦い」を意味しているのに、

①は、この訳だと、凡庸な人生訓のようにも聞こえて違和感があります。

そこで①の原詩を見ると「人」も「一人前」も同じ a man となっています。

「一人前」と訳すから「まだまだ青いのう」と人生訓が漂うのでしょう。

ではどういう日本語訳なら原詩の意味にふさわしいのでしょうか。

 

1962年4月、ニューヨークのとある喫茶店で、BLOWIN' IN THE WIND 完成。

1963年7月、PPM(ピーター、ポール and マリー)の歌でヒットチャート2位。

1963年8月、ディランヴァージョンがシングルカットされる。

1963年8月28日、ワシントン大行進(20万人を越える人種差別撤廃デモ)

 キング牧師の演説(I Have a Dream)が行われ、デモにはディランも参加。

1964年7月2日、公民権法が成立し、法の上での人種差別が終わる。

このような時代背景を考えると、先ほどの a man の訳は「一人前だと」

ではなく、「一人の人間と」に直すべきなのではないか。つまり、

一人の人間と未だ呼ばれない状態 = 公民権を持っていない状態!

①の意訳 : どれだけの苦しみを味わえば人間になれるのか

 

ここまでの内容は私が自力で思いついたことではなく、

昨年10月19日付の読売新聞「読み解く」の欄に掲載された

斎藤雄介編集委員による一文によります。(以下、該当箇所を引用)

この詩の本当の意味がわかったのは、ディランの伝記映画「ノー・ディレク

ション・ホーム」で、アメリカの黒人シンガー、メイビス・ステイプルズのインタ

ビューを聞いたときだ。「どうやって、白人にこれが書けたの。これは私の父が

経験したこと。父もマンと呼ばれなかった」。当時、嫌がらせで、黒人の大人を

「ボーイ」と呼ぶ言い方があったという。詩の意味するところは「いつになったら

黒人を人として認めるのか」という問いだったのだ。

 

ただ、ディランは自分の歌詞が一義的に固定化されることをいつも嫌っている。

1962年6月、ある雑誌のインタビューで次のように話している。

「この曲について、私の口からあまり言うべきことはありません。ただ、その答は

風に舞っているということだけです。本や映画やテレビのショーや、議論の中に

は答えはない。そうなんです。風に舞っているんです。ヒッピーたちがずいぶん

やって来て、答えがどこにあるか私に言って聞かせましたが、私はそんなことは

信じません。やっぱり答えは風に舞っているんです。風に吹かれてくるくる舞って

いる紙切れみたいに、いつかきっと降りてくるんです」

 

 上のインタビューから50年以上がたち、昨年のノーベル賞授賞式辞退の連絡

では「先約があるから」と断ったという。先約って・・・。相変わらずのはぐらかし。

ちなみに、先約があるから = due to pre-existing commitments と言っている

が、appointment でも engagement でもなく commitment を使った意味は・・・。

ついつい深読みしたくなるなぁ、ディランは。

                               (金沢中央予備校 藤田登久)

 

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2017年1月 9日 |

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